大会長挨拶

日本死の臨床研究会は、わが国におけるホスピス・緩和ケアに関する研究会の先駆けであり、1977年に創設されました。その活動は、当初がん患者の「ターミナル・ケア」から始まり、死に直面したがん患者とその家族を支えるためのケアについて探求するとともに、がん以外の疾患や災害による死などに関しても議論を行い、文化的・宗教的側面からも死に関する検討を行って、死をめぐるケアのあり方について正面から取り組んできました。

その後、がんの緩和医療については1996年に日本緩和医療学会が発足し、緩和ケアに関するエビデンスの構築と教育活動を担っており、さらに2006年にがん対策基本法が成立しがん対策推進基本計画が実施されることによって、がんに対する標準的な治療と支援の方法が日本国内で確立されつつあります。しかしながら、こうした体系的な医療ががん進行期に適応されるようになったとしても、死をめぐる苦悩はなくなるわけではありません。いずれは訪れる「死」に関して正面から取り組まずに、がんの治療や生活支援など「生」の側ばかりに焦点があてられることによって、人々は葛藤の中に巻き込まれ、かえって「死」のつらさが増すことすらあると思われます。

また、超高齢社会を迎えたわが国では、病院での長期間の治療や療養の継続が困難になっており、高齢者の療養の場をできるだけ在宅や介護施設など生活の場に移行する地域包括ケアシステムの推進が進められています。しかしながら、在宅や介護施設で個々の人それぞれで異なる死生観と提供するべき死をめぐるケアのあり方について十分な議論を積み重ねてこなかった面もあります。多くの市民は自分に介護が必要になった後に、どこでどのような医療やケアを受け、どのような最期を迎えたいのかを問われることに困惑し、多くの葛藤が生じています。

以上のことから、第43回日本死の臨床研究会年次大会は、「生と死をめぐる葛藤を支える」をテーマとしました。がん診療、災害、介護現場など、様々な場で発生する生と死をめぐる人々の苦しみを支えるためには、私達もまた葛藤のなかに入り込むことが求められます。そして、有名な「ニーバーの祈り」にある「変えることのできるものと変えることのできないものを識別する知恵」を私達もまた持たないことに気づき、ケアの対象となっている人とともに迷い苦しむことを受け入れ学ぶ機会が必要ではないでしょうか。

この年次大会では、生と死の問題に直面して苦しむ人、苦しむ人を支援する人、その両者の生と死の葛藤をめぐり、それを解決しようとするのではなく、葛藤をどう支えるかという視点でアプローチしていきたいと思います。

2019年秋の神戸の地で、皆様の活発な議論がなされることを期待しています。

大会長: 安保 博文(六甲病院緩和ケア内科)
  松本 京子(ホームホスピス神戸なごみの家)
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